【小噺】出会い(にしきSide)

小噺

…手。
辺り一面真っ暗な世界を、「手」に引かれて歩いていた。
その「手」は、右腕の肘から先しか見えず、その掌はしっかりと自分の手を握りしめていた。
肘から先は煙か霧のようなモヤになっていて何も見えない。
不思議と恐怖感はなく、握られている手の温かみと、奇妙な一体感のような感覚があった。

そして、手が離れ…真っ暗な世界に取り残される。
前後左右上下もわからず、立っているのか倒れているのかも判断がつかない。
そのまま意識が遠のいて…

断り

この話は実際にあったことを元にした架空の話、かもしれません。
本気にしてもいいことはないでしょうし、ネタとして読んでいただければありがたいです。

本章

目覚め

僕は目を開けた。
窓から差し込む夜の街の灯り、それに照らし出された部屋。
無機質な天井と壁、そして自身はベッドに寝ていて、腕に何かつながれている感覚がある。
腕を見る。つながれているのは点滴。

…ああ、そうか、お腹痛くなって動けなくなって病院連れてこられてそのまま手術になったんだっけ…

不意に名前を呼ばれたことに気づき、視線を動かすと知らない人が自分に話しかけている。
病院の人だ、と回っていない頭で考える。
やがてその人が呼んだらしい別の人が自分の体を触り色々と聞いてきた。
「気分はどう?」あまりよくない
「痛みはどんな感じ?」右のお腹が痛い
「ここがどこかわかるかい?」病院…だよね?
「ふむ…意識ははっきりしているようだね」

「もうすぐご両親が見えるからね」
言われて初めて、この場に知っている人が一人もいないことに気づいた。

…その時、視界の端に手が見えた。真っ白な手。肘から先だけがはっきり見えていて、それ以外はよく見えなかった。
瞬間、その手は空間にすっと消えた、ように見えた。もうそこには何もなかった。

日常

とある小学校の図書室。
授業中でもあるにかかわらず、僕はここで一人本を読んでいた。
友達なんていない、授業も面白くない。家にいれば学校行けと追い出される。
たどり着いた先が本で埋もれた図書室。僕は学校にいるときはずっとここにいる。
本を読むのは好きだ。本の中の世界は自由で、誰も何も言ってくることなく、まだ見たこともないもの、知らない知識で溢れている。
本を読んでいる限り、誰も邪魔してこない。僕に手を出すと言うことは僕が手に持っている本に何かあると言うことでもあり、本に何かあると管理している先生が怒るから。
小説、歴史、図鑑、辞典、なんでも読んだ。
それほど大きくない図書室だったので、全部読み切ってしまうのにそれほど時間はかからなかった。
それでも二回、三回と読み続けた。同じものを繰り返し読んでも、そのたびに新しい発見があって、それが楽しかった。
時々担任が様子を見に来ていたけれど、僕は呼びかけなどに全く反応しなかった。反応している時間などなかったし、反応する気もなかった。
だから誰とも話をしない、周りに誰もいない、そんな生活がずっと続くと思っていた。それでいいと考えていた。

変化

そんな生活を1年半程度続けた頃、僕は急な腹痛で倒れ、結果的に手術となった。
手術後目覚めたとき、三日が過ぎていた。好きだったアニメを見ることが出来なかったことに僕は落胆した。
三日間寝ていたときに、何か夢を見ていた。それはとてもはっきりした夢で、僕の手を握りしめていた手の感触もはっきりと思い出すことが出来た。
あの手は誰だったんだろう?

三日間意識不明だったこともあって、普通なら長くても一週間程度で退院できるところが、退院までに二週間かかった。
この二週間、僕は奇妙な違和感を感じていたのだが、慣れない場所にいるからだと思っていた。
でも、退院して自分の家の前についたとき、違和感が強くなった。それはなんとも言えない現実感の消失。

「僕は本当にここに住んでいたんだろうか?」

忘れてしまったわけではない、でも、ここで暮らしていたという実績というか実感がない。
家に入る。昔の家なので部屋ごとに区切られているわけではなく、全ての部屋がつながっている長屋的構造。
その一角に自分の学習机が置いてある。そこでも同じ感じがした。
これは確かに自分の物で、それを使っていたという記憶はあるのだけど、その記憶に対する実感がない。
まるで夢の中にいるような、存在感のなさ。
それは、周囲の存在ではなく、僕自身が今確かにここにいるという認識が薄れているということだった。
そういえば、お父さんやお母さんの話もどこか現実味に薄く、空虚なイメージを持って僕に伝わってきていた。

…あの病院のベッドで目覚めてからずっとこうだ。

その時、家の玄関の方に、手が通り過ぎるのが見えた。真っ白な手が。二の腕から先、すらっとした腕と共に。
その手は空虚になった現実感の中、強烈な存在感を持っていた。
僕は手が見えた方に振り向いた。誰もそこにはいなかった。

変わる日常

とある小学校の図書室。
僕はいつもどおりそこで本を読んでいた。
退院後、一週間ほどの自宅待機を経て僕は学校に戻った。教室の自分の席には花瓶に生けられた花が飾ってあった。
それを一瞥後、僕は今までどおり図書館に引きこもる。
図書室に向かう僕の背後からは、どす黒い煙のようなものが漂っているのを感じていた。その煙はまるで実在するかのように「視えていた」
その後、僕が再び教室に向かうことはなかった。

…それから二ヶ月ほど過ぎたころ

僕はいつもどおり本の世界にどっぷり浸っていたのだが、ここ最近わずかな変化が起きた。
と言うのも、図書館の住人が一人増えたのである。
ある日普段どおりに登校し、普段どおりに図書館に入ったとき、既に彼女はそこにいて先に本を読んでいた。
そう、増えたのは、僕と同い年かもう少し年上くらいの雰囲気を持つ女の子。
髪はいわゆる「おかっぱ」で、場違いな和服を着ている。市松人形のような印象を持つ子。
どこかで会ったような気もするけど、誰かはわからない。
その子は僕がいつも座る席の隣の席で、僕と同じように黙々と本を読んでいる。
読み終えたら次の本を取りに行く以外は席から全く動こうとせず、僕とも話すどころか視線を合わせることもせず、まるで僕がいないかのように、ただ本を読み続けている。

僕にとってはその態度は全く気にならず、その子が誰なのかとか、なぜここにいるのかという興味もなく、話しかけられることもないので気にすることもなく、お互い隣同士でただひたすら読書にふける毎日となった。

一つ不思議だったのは、時々様子を見に来ている担任は、その女の子は「視えていない」らしい、と言うことだった。
担任だけじゃなく、授業の合間に図書室にやってくる他の生徒達からも「視えていない」ようだった。
でも、聞くのも面倒だし、説明するのも面倒なので、そのままにしていた。

…そんなある日

いつもどおり、僕は一冊の本を読み終える。
次の本を取るために本棚に移動する。
本を取ろうとした刹那、目の前にスッと腕が伸びる。透き通るような白い腕。
その腕は今まさに僕が取ろうとした本を掴もうとし、僕の手と重なった。

「あっ」

「…えっ?」

腕の先には、最近いつも隣で本を読んでいた女の子が、心底驚いたという表情でこちらを見つめていた。

…深淵をうかがわせるような暗紅の瞳で。その瞳には何の感情もなく、ただ表情のみが驚きを作っていた。
声も、感情の類は全く感じない、完全に予想外の事が起きたので思わず漏れた声、という感じ。

…これが、最初の出会いだった。

後書き

沙枝さんと初めて出会ったときのお話、にしき視点です。
背景なども少し書こうかと思いましたが、無意味に冗長になるだけで明るい話でもないのでバッサリ切りました。
反響がありそうなら続きを書いていこうかと思います。いやなくてもネタに困ったら書くと思うけど。

もう一つの「沙枝Side」と合わせて読んでいただいて、同じ事象でもお互いの立場や捉え方の違いが表現できていたらいいなあ…と。想像以上に難しい。

…最後に、バイクネタでこのblogを見に来てくれている方へ、いきなりなにがなんだかわからない謎ネタを放り込んでごめんなさい。

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小噺

Posted by 川西にしき